6月27日  シャングリラに入る。

 夕方4時前に予定道理約4時間でシャングリラに着く。例のごとく白タク、宿ひきでバス停の回りを取り囲む。今まであまり気ずかなかったが、少数民族地域で顕著にそうなっているにように感ぜられる。何かそうせざる理由があるのか?ユースの案内書には、着けば迎えに行くから電話しろとある。電話を試みるが通じない、これだから不慣れな携帯はいやだ。タクシーを呼び止める。20元を要求。6kmあるから仕方ないかと乗り込む。
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 シャングリラは素晴らしい。緑、黄色、紫色の高山植物が咲き乱れ縁方にかすかに見える湖、周りをゆるく取りかもむ穏やかな山々、
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誰かが本で「理想郷と紹介しその地名を借用した」と云う話も納得できる。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 21:27  

6月26日 麗江に向かう

 24日大理より麗江にバスで向かう、ここ中国のバスシステムは不思議な点がある。まず、途中下車、乗車が出来る。考えてみれば合理的でよいシステムだと思うが、料金は如何なっているのか、途中で乗り込んで来た人は直接料金を運転手に渡しているが、切符を切るわけでもなく、乗客が領収書を要求することもない。私の場合も、ユースで切符を申し込みユース前までバスが来てくれた。切符を貰った訳でもなく、運転手が要求することもなかった。金の処理は如何なっているの。また、白タク対策は如何しているの。事故が起きた時その保証はどうするの、泣き寝入り、うやむや、事故多発しているでしょう。
 また、また親切な中国人に世話になる。麗江の街に入った雰囲気になってきたので、隣に座って居る若者に今晩宿泊予定のユースのパンフレットを見せ所在場所を聞き出そうとした、英語通ぜず、何か盛んに話しかけて来る、まったく理解できず。途中下車可能ならと思い運転手に同じパンフレットを見せる。同様何を云っているのか解らない返事、仕方なく座席に戻る。また隣の兄ちゃんが話しかけて来る、その話を通路を隔てた隣の席に座っていた二十五歳前後と思える女性が、「自分も近くに行くから,好ければ付いてくるか」と云っているよと通訳してくれた。
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喜んで、喜んで付いて行かせてもらいます。バスは停留所に入る。都市に入ると途中下車はさすがに無理みたい。兄ちゃん、携帯を取り出し、誰かと話し終えると、指さし道を横断し、左折。バス停を電話で尋ねていたちうだ。バス、ほどなくやってくると、この兄ちゃん私のバス代まで出そうとする。「とんでもない、私が貴方の分まで払わなければいけない、立場だ」当然、話せるわけない。下車後も麗江の観光地は旧都市なので道が入り組んで何処をどう云っていいのか、迷路のような街。本当に親切にもユースの前まで案内してくれた。写真に残そうと、カメラを向けると、逃げるように去って行った。感謝、感謝。
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 中国人の親切は、どうも個人の資質によるのではなく、社会慣習に成っているのではないかとこの旅を通して思えてきた。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 21:16  

6月23日 大理は見事な観光地

 早朝7時前列車定刻に大理に着く、例のごとくバス亭の位置が解らない、白タクの運転手にバス停を聞くが、満足な返事なし、逆に乗れ乗れとうるさい。無視し、バス停を何とか見つけ、来た11番バスに方向が正しいと信じ乗り込む。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 19:37  

6月22日 昆明→大理へ

 21日早朝国境の町河口から昆明に着く。昆明は天国、涼しく、汗が出ない。曇り空が何ともいえず心地よい。宿と決めていた、「クラウド・ランド・インターナショナルユースホステル」
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に白タクで送ってもらう。チェック・インを済ませ、朝食代わりに、先日の残りのパンにインスタントコーヒを作ろうと湯沸かしで湯を注いでいると、「何処から、日本人ですか」と英語の質問。年の頃なら、もう既に60半ばと思える日本人が声をかけて来る。久しぶりの日本人、ついよもや話を始める。
 年金暮らしをしており、しかもなんと月二万もあれば暮らせる。大理に暮らしており、家賃は80元、野菜中心の食生活を送っている、国民年金の七万弱でも中国で生活する分預金すら出来る。大理で歩いている途中つまずき左肩を強打し骨を折ってしまった。誰もその事に気ずいてくれず、自分でタクシーを捕まえ病院まで行った。すぐ手術、手術終了後、麻酔が切れ痛くてたまらないので酒を飲む、もうすぐに激しい動悸、バクバクする音が聞こえた、看護婦を呼び症状を訴えると、担当医が飛んで来て、ケツに1本注射、ほどなく収まる。2週間特別室で治療、治療費10万少し、安いと云う。
 もう日本なんかへは帰へる気などしない、2万で生活でき、中国で問屋街に出向き倒産品を安く見つけ、ぱりっと身に着け街をかっ歩する。電化製品も中国製品なら安い。ここで暮らすには修理も直ぐやってくれる。いいところだ、ここは。
 問題はビザだけ。1年に数回に国外に出なければならぬ。それがメンドイ。
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 さて、どうなのだろうか。人の生き方をまた考えさせられた。勿論我が生き方だが。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 19:27  

6月18日 ハノイに戻る

 早朝5時30分、出発が2時間遅れたにもかかわらず予定通りハノイ着。歩きなれた道迷うことなく前回泊まった宿に着き開くのを待つ。朝食を済ませ、ハロー湾ツアーに参加。
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ツアーは世界中同じ仕組みか、トイレ休憩と称してみあげ物売り場へ連れて行く。昼飯はなかなか美味しかった。きっと釣りたての魚だったからだろう。世界遺産なるものの基準は何なのか?とまたつまらない疑問をもつ。答えは決まっているのに、そんな標語につられる我が頼りなさを恥じる。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 19:19