6月17日~19日 フエ→ホイアン→サパ

 初めての寝台バスなかなか面白いものを考えるものだ。横3列、左窓側、中央、そして右窓側に寝台スペースが取られており中央両側に歩行スぺースが取られている。縦に7列合計21人が体を横に出来る。道路事情かバスのスピードが遅い。またエアコンが思いきり効いているので風が直接当たる場所がやたら寒い。良さは、なんといっても寝返りが打てる事だ。同じ姿勢で長時間いなければならないことを考えると、まさに天国だ。
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早朝、7時前に予定通りフエに到着、私の名前が書かれたプラカードすぐ見つかりベトナム名物バイタクの後ろ席に乗りホテルまで。バイタクも問題なし。ヴェトナム滞在中数回利用す。バイタク利用にはくれぐれも値交渉が必要。相手の言いなりになってはダメ。後でとんでもなく高額を払った事に気ずき、腹が立ってくる。
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 古き都だけあってその雰囲気は十分味会う事ができる。露天商のおばチャンもそれなりに人がいい。冷たい飲み物も定価ですら安いのに、そこは笑顔でもう少しまけてと懇願すればまけてくれる。町並み散策問題なしも、太陽が激しく照りつけて来る。輪タクの餌食になる。今は熱すぎるので2時間後の午後5時にホテル前に来てくれるのなら夕涼みがてら街を小1時間ばかり輪タクに揺られるものいいと返事す。
 予定通り5時にホテルで輪タク待っている。前の席に座り町並みをゆっくり見学。運ちゃん例によって、何処から来たのか、日本のどの都市から来たのか、大阪人は乗せた事ある、家族はいるのか、どんな仕事をしているのか、なれなれしく尋ねて来る。適当に、京都と大阪の間の街から来た、家族は皆元気にしている、今は定年退職で年金暮らしだと答えるも、満足に英語を話せない。30分ほど経過した頃突然私の肩を揉みだし、良いマッサージ店を知っている。ヴェトナムのマッサージ最高、「疲れイッペン、イッペン」とここを強調。「中国で足裏マッサージを受けて気持ちがよかったのは事実だが、ヴェトナムは全身なのか」全身マッサージなら高いだろう?「いくら」「100」だ。「100ってこの輪タク1時間と同じ値段ですよ、ホントにそんなに安いのか」聞き直す。「100$」だと答え直す。「若い子ばかり、若い子ばかり」と続けて来る。ようやく、マッサージの意味を理解し「そんな元気もうない、ノーサンキュー」を返事。輪タク親父諦めずに「気持ちいい、若い子、若い子」と急かす。この年で、もうそんな元気ない、もっと若い時に誘ってくれ、固辞する。輪タク親父ダメと悟ったのか上り坂の途中で「疲れた、向いの輪タクに代わってくれ」と乗車拒否。
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この急変、ヴェトナムの1側面を見る。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 19:08  

6月14日 ハノイを離れフエに向かう

 11日にハノイに入る。度の観光地もそうであろうが、列車がハノイ駅1つ手前に着き、早朝でバスはまだ運行していない。ハノイに向かうにはタクシー、バイタクを利用しなければならぬ、どこでどう学んでいるのかタクシーが1人50$とふきかけて来る。如何考えても1駅間が50はないだろうと無視を決め込む。値交渉の始まり、こんなことで気持ちをいらだかせたくないが、これも旅の付きもの。結局1人5$払い、運転手は納得していない様子だが、我々3人がささっと5$払い荷物も降ろし、ホテルの前に降りてしまったので、去って云った。
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 暑い。これがハノイの第1印象。後にも先にもこの一言に尽きた。私が滞在したオールドスクェアーと呼ばれる街は細い道が入り組み、しかも2・3ブロック毎に通りの名前が変わるので、今どこにいるのかすぐ解らなくなる。街角に必ずバイタクが待っており、一瞬笑顔で呼び込もうとする。噂だが、バイタクはあえて統回りをして高額を要求するそうである。私は1度もバイタクは利用しなかった。タクシーも利用しなかった。地図を頼りに長年の勘で町をさ迷った。これが結構楽しい。誰か必ず救いの手を差し出してくれた。
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 中国より安いのか実感が湧かない。通貨がやたら桁数が大きい。千の位で取引が行われていることはすぐに理解できたが、それに米ドルが通用する。この宿がシングルルームで1泊20$だからまあ中国より少し安いかな。この観光地を離れると如何なるのか知りたく思う。
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次に向かうのも観光地のフエだ。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 17:37  

6月10日 南寧にて時間待ち

 南寧で目を輝かせた台湾人に合う。おなかの調子が少し弱っているので、現地料理を避けるべく、そう馴染みのマクドナルドに入った。中国語解らずビッグマックを注文すべくカウンター上部の写真ナンバーの数を告げたところ、店員には通ぜず「ない」との返事。f0217365_17263236.jpg横にいた中年の紳士が中国語で私の注文を告げてくれた。ことなく、昼食にあり付けたのだが、私の席にトレーを持ち運び、同席してもよいかと云うや否や着席し、簡単な自己紹介を始め、なぜ南寧に来ているか、この地は、ヴェトナム、ミャンマー、カンボジア、香港、台湾までもその市場に入れられる有望市場である等々を熱つほく語る。さらに、中国の政治体制まで、1党独裁はだめ与党と野党が存在しなければ国は伸びない。中国もそんなことは十分承知なのだが、歴史があり共産党以外の政党を認めることは今はできない。残念だが時間を待つじかない。あまりに熱心に語るのでその勢いに、聞きに回るのみ。
 ころ合いを見計らって、「楽しい時を持てて、有意義だった、ありがとう」と申すと、彼「いやいや、こちらこそ」云って名刺を差し出す。その肩書きは、美国北美集団、投資部経理、××××とある。世界は広いようで狭い。こんな中国の片隅まで目を付けている人を真直に目に
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# by makinoichiro | 2010-07-27 17:26  

6月9日 南寧に着く・中国一時バイバイ

 又しても中国人からプレゼントを貰ってしまった。車中片言英語で私に話しかけてきた、年の候なら20後半~30前半の若者が、ふいに地図を見せてくれと話しかけてきた。「どうぞ」と差し出す。私は、車中が暇なのでパソコンで日記を打って、終わったころ合いを見かけて、この若者私に色々話しかけてくる。あまり英語が流暢でないので、話しいの内容はどうもスムーズとは行かない。今まで中国人に親切にしてもらったこともあり、そこは出来るだけ丁寧に対応する。私は例によって、車中は中段のベットを利用しているので、下段の人をも巻き込んで話の花を少しだけ咲かす。
 
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南寧に着き降りようとした時、急にこの若者私に商売道具だが簡易浄化機をプレゼントすると言い出す。降りる直前なのでむげに断るわけにいかず、有り難く頂く。それにつけても如何して、皆優しいのだ。ひたすら感謝す。
 明日は、中国を離れベトナム入りだ、ベトナムでも同じく運が有るよう願う。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 16:06  

6月8日 観斕~南宇に

 すっかりダンボに世話になった。当たり前のことだが、男の子?の成長は早く、また環境が人を鍛えていくことを認識させられた。私の中では、ダンボは小学生で止まったまま。実際は、この中国でバリバリ営業活動を行う企業戦士、その時間差を如実に見せられる。
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 我が体調が少し変。左足の付け根(股関節の一番外側)が痛い。歩き出すと左が痛く引きずる感じがする。寝る時も左側を上に横向く事が出来ない。何が起きているのか?。
「旅疲れ」、かと思い、ダンボ宅では殆ど休養に充てた。足裏マッサジーにも連れて行ってもらった。毎晩豪華な食事?を振舞ってもらった。痛みはとれず。今までの旅が、現地の中国人ですら驚くほどの順調過ぎる旅、いよいよ運が切れてきたか?
お願い、後1カ月でいいから、このまま運を続けさせて下さい。ベトナムを2週間、四川省の高山植物が咲き乱れるシャングリラ周辺の散策、そして重慶から武漢への長江河下り、最後に香港競馬観戦。これだけしか望みません。上海から鑑真号で大阪に帰ります。
会う人会う人皆に、「中国は良い。機会があるなら是非旅しなさい」決して損はしませんと推薦します。
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# by makinoichiro | 2010-07-27 15:56